大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1823号 判決

協和銀行

理由

第一、第一次請求について

一、訴外長谷川光男が昭和二四年九月一三日被告銀行新橋支店に対し訴外大沢助次名義で金二、〇〇〇万円の本件普通預金をしたことは当事者間に争がない。

そして、(証拠)を綜合すれば本件預金のなされるに至つた経緯およびその後の事情については次のような事実が認められる。

訴外長谷川光男は、昭和二四年八月下旬から同年九月上旬にかけて参加人主張のような経緯により、公団の金員二、〇〇〇万円を長谷川光男名義で被告銀行新橋支店に預金することにつき当時公団経理局次長心得であつた訴外藤野時雄の諒承を得、同年九月八日公団の公金二、〇〇〇万円を参加人主張の第一預手により被告銀行新橋支店に対し長谷川光男名義で普通預金として預け入れた。訴外長谷川は同日右預金を担保として被告銀行新橋支店から金二、〇〇〇万円を借受け、これを自己の用途に使用した。その後訴外藤野は、当時公団経理局長であつた訴外大沢助次に右預金の事実を報告したところ、同人から右預金を直ちに大沢助次名義に変更すべきことを命ぜられた。そこで訴外藤野は訴外長谷川をして被告銀行新橋支店に対しその旨交渉せしめたが、同支店においてはすでに右預金を担保として前記貸付をしている関係から右名義変更を拒絶した。よつて訴外藤野、同長谷川は相謀り別に大沢名義で公団の金員二、〇〇〇万円を預金して、訴外大沢に対し名義変更をしたように装うこととした。そして訴外藤野は同月一三日訴外大沢から預かつた同人の印鑑を訴外長谷川に交付し、同人をして公団の公金二、〇〇〇万円を参加人主張の第二預手により被告銀行新橋支店に対し大沢助次名義で本件普通預金として預け入れさせた。その後同月一五日訴外長谷川は、本件預金に用いた訴外大沢の印鑑による印影を利用して偽造した印鑑を用い、本件預金を担保として大沢助次名義で被告銀行から金二、〇〇〇万円を借受け、これを前記第一預手による長谷川名義の預金の担保解除のために使用し、同預金の払戻を受けてこれを訴外藤野に返済した。右両度にわたる預金に際し、訴外長谷川は被告銀行新橋支店長永井建郎に対し右金員は「団体の金」もしくは「おやぢの金」である旨、また大沢助次はおやぢの名前である旨説明していた。

以上のとおり認められる。

二、右認定の事実によれば本件預金契約における預金の出所が公団であることは明らかであるが、右預金契約は、外形上は訴外大沢助次を預金者として訴外長谷川がその代理人として被告銀行との間に締結したものと認めることができる。

ところで、参加人は、被告銀行新橋支店長永井建郎は本件預金にかかる金員が公団の金員であり真の預金者が公団であることを承知して預かつた旨主張し、証人長谷川光男の証言中にも、同人は本件預金に先立ち前記永井支店長に対し、参加人主張のような「飼料配給公団計理局次長」の肩書を附した訴外藤野の名刺に「預金の件に付長谷川氏とよく打合被下度」と記載した紹介状(甲第二七号証)を示し、本件預金の出所が公団であることを告げた旨の供述があるが、右供述部分は前掲各証拠に照したやすく措信し難く、俄に参加人の右主張を認めるに足る証拠はない。

よつて、本件預金契約の効果が公団に及ぶとする参加人主張は根拠がないものというべく、このことを前提とする参加人の請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく理由がない。

三、次に参加人の代位権に基く主張について検討する。

参加人主張の公団の訴外大沢助次に対する債権の存否はしばらくおき、同訴外人が被告に対し本件預金の返還請求権を有するかどうかにつき考えるに、本件預金契約が外形上訴外大沢を預金者として訴外長谷川がその代理人として被告との間に締結されたものであることは前記認定のとおりであるが、訴外大沢が訴外長谷川に対し右預金契約締結に関する代理権を授与した事実はこれを認めるに足る何等の証拠も存しない。むしろ前記認定の事実によれば、訴外大沢は訴外藤野に対し前記長谷川名義の預金を大沢名義に変更することを命じたにとどまり、本件預金については何等聞知していなかつたものと認められる。すなわち本件預金契約は訴外長谷川の無権代理行為によつて締結されたものであつて、その効果を訴外大沢に及ぼすことはできない。そうだとすれば本件預金契約における預金者としての権利義務は、現実に右契約を締結した訴外長谷川に帰せしめるほかはない。しからば訴外長谷川は本件預金の返還請求権を有するものであろうか。同訴外人本件預金と同日にこれを担保として大沢助次名義で被告から金二、〇〇〇万円を借受けたことは前記認定のとおりであり、これについても訴外長谷川が訴外大沢からその代理権を授与されたことを認めるべき証拠は有しないから、右金銭貸借契約における借受人の責任もまた訴外長谷川に帰せしめるほかはない。被告はこの点につき訴外長谷川の権限踰越による表見代理の成立を主張するが、その基本代理権の存在につき何等主張立証しないから、右被告の主張は採用し難い。そして被告が昭和二四年一一月一五日訴外大沢に対し何れも同人名義の右貸付金債権と本件預金債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。ところで右相殺の意思表示は訴外大沢に対してなされたものであるが、訴外長谷川としては被告に対し訴外大沢を本件預金ならびに金銭貸借契約における外形上の預金者ならびに借受人として作出したものであるから、被告の同訴外人に対する右相殺の意思表示の無効を主張し得ないものと解すべきである。したがつて、訴外長谷川の被告に対する本件預金債権は被告の右相殺の意思表示により消滅したものといわざるを得ない。いずれにせよ訴外大沢が被告に対し本件預金の返還請求権を有することはこれを肯認し難いから、参加人の代位権に基く請求も、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第二、予備的請求について

被告銀行新橋支店長永井建郎が訴外長谷川光男から昭和二四年九月八日同人名義で公団の金員二、〇〇〇万円を前記第一預手により預入を受け、これを担保として訴外長谷川に対し右金員を貸付けたこと、ついで同支店長におい同月一三日訴外長谷川から訴外大沢名義で公団の金員二、〇〇〇万円を前記第二預手により預入を受け、同月一五日これを担保として、右大沢名義で訴外長谷川に対し右金員を貸付けたことは前に認定したとおりである。しかし、被告銀行新橋支店長であつた訴外永井が右預金ならびに貸付当時右金員が公団の金員であることを知つていたことを認めるに足る証拠がないことは前に説示したとおりであり、また一般に銀行が預金者から預金を受け入れるに当り預金の出所を確かめる義務はないというべきであるから、訴外永井が訴外長谷川から本件預金を受け入れるに当りその出所を確めなかつたとしても、訴外永井に過失があつたということはできず、その他被告が訴外長谷川との間に本件預金ならびに貸付をなすに当り被告の過失を認めるべき証拠はない。よつてこの点につき右訴外人に故意または過失のあつたことを前提とする参加人の予備的請求もまたその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第三、結論

以上の理由により、参加人の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例